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Book Review, vol.3

『インフォグラフィックスの潮流 ―――情報と図解の近代史』

Title: インフォグラフィックスの潮流 ―――情報と図解の近代史

Author: 永原康史, 2016

Publisher: 誠文堂新光社

これが世に出た当初,amazonのサンプル画像を眺めていて面白そうな本だなと思ったものの,「潮流」といった大胆なワードや「近代史」といった硬派なクラスタに振り切ったサブタイトルが目に入るや,メデューサに睨まれた羊のごとく萎縮してしまい,なかなか手が出せなかった本です。結局最近になって好奇心が勝るに至り手に入れましたが,通読した今となっては,当初抱いたような恐怖はまったくの杞憂だったと感じます。

たとえば,「世界史」の講義のような場所で使われる写真(書籍としては「図」の呼び名のが適切でしょうが)たっぷりの “副読本” に,形容しがたいおもしろさを感じたことのある人にしたら,この本は期待を裏切らない種別のそれだと思います。それはもう写真の量がハンパなく豊富なので,眺めているだけでも伝わってくるものが少なくはありません。私はインフォグラフィックスに関する史的な背景に全く無知な状態でこの本を開くことになりましたが,そんな人間にさえ原典ないしはその引用文書にあたる苦労が容易に想像できてしまうような貴重な資料を,所狭しとオールカラーで並べる体裁にただ脱帽の感を得ます。また,これに関しては巻末に出典が頁番号に至るまで明記されているので,学究的にはもちろんのこと,何らのテーマを好奇心から深堀りしたい場合にも,道しるべの役割を担いうるものとなっています。

そんな “副読本” ライクな興味を満たす本ですので,表題の「近代史」を額面通りの解釈で手に取るとミスマッチを生んでしまうかもしれません。ことがらを時間の流れに沿って可能な限り網羅的に淡々と年表に填めていくような構成はとられておらず,俯瞰しながら時系列的な整理をつける目的にはおそらく向かないかと思います(ただし,終章でこのあたりの整理の試みに若干の頁が割かれています)。本書では,マイルストーンたるいくつかの視覚化のための創造物を章ごとに主役に据えて,その周辺世界に存在した人間たちの試行錯誤の連鎖を(時間的な)前後(派生的な)左右にさらりとえがく形式がとられています。さらりと,というのがおそらく本書における読み物としての勢いのようなものを最後まで破たんさせない最大の要因となっていて,補足的なことがらはたくさんの「註」に隔離(という表現が本書の場合はハマるような気がします)し,いくらかの情報の取捨選択を読み手に委ねるような構成となっています。

さて,そのマイルストーンですが……現代の生活において私たちが身近に触れている表現ばかりが並びます。ふいに奇をてらったものが持ち込まれ,筋道が歪められることもありません。この本を読むことにともなう副作用として,それら一般化した表現がひととおりの確立を見るまで費やされた,先人たちの無数の貢献を不本意にも想起させられ,現在,私たちが何の気なしに目にするところのそれらが視界に入るたび,どこかしら敬意を払いたくなったりすることをあげておこうかと思いますw ……amazonに上がっているいくつかのサンプルの限りでこれを話せば,路線図やいくつかの統計グラフ,事典に用いられる解説のためのFigureなどがあたります。

その他,具体的な対象の名はネタバレの性格をもつので伏せておきますが,本書に目を通しながら思わず口をついたひとりごとに,

  • 「……今の世の中でこの表現を公開の場で使ったらまず炎上するよな……」
  • 「……このページの表現をスキャンして持ってこられたら,絶対原典が80年前の本だなんて思わないし,どっかのモダンなサイトからだと勘ぐるよな……」
  • 「……ゲームやマンガで当り前となったマニア受けするあの表現がこんな昔からあったのか! …っていうかメジャーにした原典がそれだとなるとちょっと何故か申し訳なく思える……」
  • 「……この表現はミニマル主義的な立場からしたらケチがつきそう……」
  • 「……この表現を作ったのは〇〇社だと勝手に勘違いしてたけど,違うじゃん!…まだ人前でドヤる前でたすかった……」

……といったところがありました。

この本がスコープとする西洋史における近代から,デジタルな “コード” が描く表現が活気づく現代にいたるまで,多様な創作物との出会いは,思わずどこかに感想をぶつけたくなる……そんな衝動に駆られます。表題の通り,最後の頁をめくるころには表現の歴史の “うねり” を十分に感じられる内容ではありますが,同時にそれが荒波を浮流して現代へとたどり着いた,あるいは人知れず消え去った無数の小舟の軌跡であることを印象付ける,どこかペーソスに満ちたストーリーテリングな本でした。「何かを表現する」ためのハウツー論を扱う書籍は世に少なくないと思いますが,この本は,そうした意味では非常に希少で魅力的です。


インフォグラフィックスの潮流 ―――情報と図解の近代史

永原康史

誠文堂新光社

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